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Apr 03

“言葉なんかおぼえるんじゃなかった” — 田村隆一 - 詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

Songle

“色や音は言葉とは正反対のもので、言葉には意味があるが、色や形、音に意味がないのは、それらが意味そのものだからではないのか。” — 坂のある非風景 言葉はどこから音楽なのか

Oct 29

“けれども、その「言葉にすることのできないもの」こそが「父」のsoul であり、「父」の唯一無二性を担保していた、と村上春樹は考えている。
「言葉にできる」というのは理解され、共有されるということであり、それは「かけがえのなさ」uniquenesse 「代替不可能性」irreplaceablity という「いのち」の定義に悖る。” — 壁と卵(つづき) (内田樹の研究室)

“言葉はあきた” — 豊田道倫「POP LIFE」(BBCDE034) - BRIDGE INC. ONLINE STORE

“ある経験(それは彼自身の経験でさえない)が名付けられ、理解され、類別され、忘却されることを拒んでいる。” — 壁と卵(つづき) (内田樹の研究室)

Nov 06

art-documents - Gerhard Richter

art-documents - Gerhard Richter

Sep 18

“あらゆるものは、それを“体験”するのに時間が必要なのだから、みな時間藝術なのである。” — いはゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり: [間歇日記]世界Aの始末書

将来、映画なら映画の全情報を瞬く間に脳に送り込めるような技術が開発されたとしたしても、問題はまったく解決されないと思う。ヘルメットみたいなものをかぶってスイッチを押すと、たとえば、黒澤明の『生きる』が二秒くらいで脳に送り込まれるとしようや。どのシーンもどの台詞もどんな些細なディテールも、問われれば瞬時に引き出すことができる。どしゃぶりの中で若き菅井きん(なのにすでにおばさん役)が志村喬にうしろから傘をさしかけているシーンが、それをどこでどんなふうに観たのかさっぱりわからないのに、頭の中で鮮明な記憶として再生されてしまうのだ。でも、それではたして、『生きる』を観たと言えるのだろうか? おれはなんかちがうような気がする。

 映画であれ音楽であれ小説であれなんであれ、おれはそれを鑑賞している“時間”ってのは、存外に大切なものなんじゃないかと思うのよな。人間の限られた寿命から、それらを鑑賞する時間を自主的に削り取って振り向けているわけだから、その時間というのは、単に情報を脳に送り込むという客観的な現象を超えた、主観的な“体験”なのである。

 フィクションを愛する者は、なにも“情報”が欲しくて鑑賞しているわけじゃない。自分の命の一部を支払って、自分の境遇における制約を超えたなにかを“体験”するという対価を得ようとしているのだ。「そんなものを読んでいる(観ている、聴いている)ヒマがあったら、なにかもっと“役に立つ”ことをせんか」と、精神生活の貧しい人から言われたことがある人は少なくないだろうが、それは大きなお世話もいいところなんである。こっちは、命を削ってなんの役にも立たないことを体験することに、生きることの大きな価値を見出しているのだ。つまり、映画であれ音楽であれ小説であれなんであれ、それを鑑賞するには“時間”がかかるということこそが、そういったものを必要とする人々の生きざまをも規定していると思うのだよな。“時間”がかかるからこそ、そこには自分の人生を削り取るリスクがあり、だからこそそれを“体験”した時間は、自分が“生きた”時間として、単なる“情報”以上のものを鑑賞者に与えるのだ――と、おれは思う。ふつう、小説なんかは“時間藝術”とは呼ばないが、こう考えると、あらゆるものは、それを“体験”するのに時間が必要なのだから、みな時間藝術なのである。

” — いはゆる有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり: [間歇日記]世界Aの始末書

Sep 10

“死の問題は哲学に委託された。死者の問題は宗教に委託された。そして狂気の問題は医学に委託された。不毛な分裂、安易な分担が起こったのである。優れた文学だけが折にふれて死と狂気の問題に正面から取り組んでいるのが実情である。” — 狂気を情緒で読み解く試み/『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫 - 古本屋の殴り書き(書評と雑文)

“米国メリーランド大学の心理学教授ロバート・プロヴァインは、笑いを真剣にとらえる数少ない学者のひとりだ。彼は、笑いが社会的信号の古い形態であり、ヒトの音声言語より動物の発声や鳥のさえずりに近いと考えている。笑いには伝染性があるが――テレビのプロデューサーは効果音として笑い声をかぶせる形でこれを大いに利用している――これは笑いが社会のきずなを強める手段であることを示している。” — 笑い - 古本屋の殴り書き(書評と雑文)

“眼がさめて見ると、小屋の口いっぱいに夕日がさしていた。秋の末の事であったという。二人の子供がその日当りのところにしゃがんで、頻(しき)りに何かしているので、傍へ行って見たら一生懸命に仕事に使う大きな斧(おの)を磨(と)いでいた。阿爺(おとう)、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。” — 古本屋の殴り書き(書評と雑文)

Aug 26

“「さよならロックンロール少年、ロックンロール少女」” — はちみつぱい - Wikipedia

Aug 25

“最近読んだテキストで、「前科でさえ消えるのが法律。生きている限り恥辱が心に居座るのが、道徳」という文章があって、心に残っています。” — (52) Tumblr

“不正はいつも、まっとうな人たちの自由を奪う。ハイジャックがなかったら、物々しい手荷物検査とかもなくて、飛行機は今よりもっと快適なはず。振り込め詐欺のせいで、ATMで一度に振り込める金額が制限されて不便になったりしている。地下鉄サリン事件以降、駅にゴミ箱が無くなって、みんながしょうがないと諦めつつ、生活が不便になっていく。
同じことだと思う。マジコンユーザーとつながりたくないから、知らない人とはマルチプレイしない、っていう不自由が生まれている。” — (52) Tumblr